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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)360号 決定 1964年5月11日

抗告人(破産者) 保土ケ谷ゴム工業株式会社

主文

原決定を取消す。

破産者の提供した別紙記載の条件による強制和議はこれを認可する。

理由

抗告人代理人は主文同旨の決定を求め、その理由は別紙抗告理由書竝びに追加理由書記載のとおりである。

按ずるに昭和三八年三月一一日強制和議のための債権者集会期日において別紙記載の条件による強制和議が適法に可決されたことは本件記録に徴して明らかなところである。

而して破産者提供の右強制和議条件第二項によれば提供者は総破産債権者に対し第一項の支払猶予期間満了後毎月末日限り一ケ月一二〇万円宛各債権額に按分して支払うこととなつているので、右強制和議の認否は一途に右第二項の条件が確実に履行されるか否かに存するものというべきところ、抗告人(和議提供者)が右条件履行の方法として意図するところは、要するに破産会社所有の保土ケ谷工場を引続き佐野鋼材株式会社に賃貸することにより得べき毎月の賃料三五万円を以てその支払に充て不足額八五万円は営業再開後の利益金によつて支払をするものとしている。

そこでこの点につき本件記録竝びに抗告人提出の各疏明書類を精査するに、(一)佐野鋼材株式会社は従来どおり右工場を借受け昭和三七年七月分以降の未払賃料(月額三五万円)をも支払をなす意思あることを表明しておること、(二)破産会社が破産終結決定確定後営業再開のため使用することとなつている鎌倉市岩瀬下耕地二七番の四及び一五〇番の二所在仮家屋番号一三九番亜鉛引鉄板葺鉄骨造平家建精練工場一棟三六〇坪については従来横浜地方裁判所昭和三四年(ワ)第四二八号、同年(ワ)第八三二号、昭和三六年(ワ)第三七五号事件として破産会社と立川製薬株式会社との間に訴訟が係属中のところ、昭和三九年二月一〇日和解が成立し、破産会社は右工場建物が立川製薬株式会社の所有であることを認めるが、将来強制和議の認可決定が確定したるときはこれを同会社より賃借し得る旨明らかにされたこと、(三)尤も右工場建物は現在大船ゴム株式会社により占拠されているので立川製薬株式会社において同会社を可及的速かに退去せしめることとするが、若し右明渡の訴訟が一ケ年以上かかり前示支払猶予期間経過後に至るも右工場の使用ができず営業の再開が遅延する如き事態が生ずるときは武井正男(立川製薬株式会社及立川医薬品工業株式会社の株主)は破産会社に対し予定生産可能なる程度の建物を営業再開まで貸与するほか前示和議条件第二項の支払額(毎月一二〇万円宛)のうち前記(一)の賃料月額三五万円を除いた残額八五万円宛を破産会社のため立替支払う旨確約していること、(四)その他事業再開のため要する資金の調達、原料の供給、販路の保証等第三者の協力により一応の目安が講ぜられていること、(五)なお破産終結後破産法第三二三条所定の債務弁済についても準備がなされていること等、以上の事実が疏明されたものということができる。

以上の事実より勘案して本件強制和議条件の履行は一応確実なるものと認めるを相当とするから右和議の決議は破産法第三一〇条第一項第四号の破産債権者の一般の利益に反するものというを得ずその他同法所定の不認可の決定をなすべき何等の瑕疵も存しないから原決定を取消し主文のとおり決定する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 加藤隆司)

別紙 強制和議条件

一、総破産債権者は破産終結決定が効力を生じた日から一年間その支払を猶予すること。

二、提供者は総破産債権者に対し、前項の猶予期間満了の日の属する月の翌月より債務完済に至るまで毎月末日限り一ケ月につき総額一、二〇〇、〇〇〇円宛(但し債務残額が一、二〇〇、〇〇〇円未満になつた月はその残額)を各債権額に按分して支払うこと。

抗告理由書

一、原審の本件強制和議不認可の理由とするところは、昭和三十八年二月六日の横浜地方裁判所に於ける、債権者集会期日に於て、本件強制和議は適法に可決されたのであるが、破産者の提供した条件では破産終結決定が効力を生じた日より一年以内に営業を再開することが極めて困難と考えられ、本件強制和議の条件の履行が不確実であるから破産債権者一般の利益に反するというにあるのであるが、以下の理由により本件強制和議の条件は履行が確実に行われ、破産債権者一般の利益に合致するものである。

二、即ち、破産債権者が横浜地方裁判所に於て強制和議条件の履行につき不安を抱いた点につき、不安を抱かず適法に債権者集会期日に於て可決した所以のものは、本件強制和議の条件は履行可能のものであると考えたからに外ならない。本件強制和議条件に同意した債権者には多数の弁護士たる訴訟代理人が出席して居ながら同意した所以のものは訴訟等の関係で破産終結決定が効力を生じた後一年以内に営業再開が遅延して困難となつた場合強制和議の条件第二項記載の弁済につき、第三者の保証による支払又は他の場所に工場を借受けての営業再開が予定されていたからに外ならない。

三、凡そ、本件強制和議に於ては強制和議提供条件第二項の条件が確実に履行されるか否かが最も重要な問題にして、それは要するに壱ケ月百弐拾万円宛確実に支払い得るか否かに結論されるものであつて、営業再開が一年以内に出来るか否かはその財源捻出の方法にすぎないものである。

そこで、破産者代表者である庄田卯之七と本件大船工場に於て営業している立川医薬品工業株式会社、立川製薬株式会社並に武井正男間に昭和三十八年七月十七日破産者保土ケ谷ゴム工業株式会社のため第三者の為にする契約を次の通り締結し、営業の再開が破産終結決定が効力を生じた後一年以内に困難となつた場合に於ても強制和議条件第二項の支払が完全に出来るようにした。

四、右契約(本件異議申立書添付)の内容は破産者の強制和議認可を条件として、破産終結決定が効力を生じた場合に於て、

(1)  立川医薬品工業株式会社、立川製薬株式会社は現在横浜地方裁判所に於て係属中の破産者との間の訴訟事件を破産終結決定が効力を生じた後、直ちに全事件(横浜地方裁判所昭和三四年(ワ)第四二八号建物所有権確認事件(本訴)、同年(ワ)第八三二号登記抹消等請求事件、同三六年(ワ)第三七五号建物所有権確認等参加事件、同三四年(ワ)第七九八号建物収去土地明渡請求事件、同三八年(ワ)第七五号建物収去土地明渡事件、)を和解により終結せしめ、その和解に際し本件強制和議の条件を履行する前提要件となつている破産者が鎌倉市岩瀬下耕地二七番の四および一五〇番の二所在仮家屋番号一三九番亜鉛引鉄板葺鉄骨造平家建精練工場一棟、三六〇坪を使用して営業を再開出来るよう協力する。

(2)  右建物は、現在大船ゴム株式会社に於て占有中であるが、右大船ゴムは不法占有者であるので大船ゴム株式会社に対する明渡請求訴訟を破産者は破産終結後提起するが右訴訟が一ケ年を超えてかかり破産終結決定が確定して一年に至るも前記建物を使用出来ず営業の再開が遅延するときは武井正男(立川製薬株式会社、立川医薬品工業株式会社の株主にしてその資力は数億ある)に於て本件強制和議による支払金壱ケ月百弐拾万円のうち佐野鋼材株式会社が破産者の保土ケ谷工場の賃料として支払う壱ケ月参拾五万円を除いた壱ケ月八拾五万円を営業再開が可能となるまで破産者に立替えて支払う。

(3)  破産者は武井正男の右支払の見返りとして強制和議条件履行完了と同時に次の物件の所有権及び占有権を武井正男に譲渡引渡をなす。

(一) 鎌倉市岩瀬字下耕地一一〇番の一 宅地 二四三坪三勺

(二) 同所一一三番 同 八九坪七勺

合計 三三三坪

(三) 同所一三〇番の一

家屋番号一〇番の八 木造亜鉛葺平家建 拾弐坪

同所同番

家屋番号一〇番の九 木造亜鉛葺平家建 拾弐坪

附属 同 拾弐坪

同所 一三五番

家屋番号一〇番の一〇 木造亜鉛葺平家建 拾弐坪

附属壱号 同 拾四坪

同弐号 同 拾六坪

同参号 同 四坪

(四) 鎌倉市岩瀬字下耕地

一一八番 未登記 木造亜鉛葺平家建倉庫 一八坪

二七番の四 同 同 変電所附属建物 五坪

一一九番の一 同 同 物置 六四坪

同 同 同 同 四八坪

同 同 同 同 一八坪

二七番の四 同 同 同 三坪五二五

同 同 同 同 三坪三五

(五) 同所 二七番地の四及一五〇番の弐

鉄骨亜鉛葺平家建精練工場 壱棟 三六〇坪

以上

(4)  本契約は和議認可により破産終結決定が確定した後破産者が受益の意思表示をすることにより効力を生ずる。

というものである。

而して、横浜地方裁判所の本件強制和議不認可の決定理由中に列挙された訴訟事件中、川崎機械工業株式会社並に南商店こと羅鳳在の前記訴訟にかゝる一切の債権を現在立川製薬株式会社に於て買取つているのであるから本件建物に関する訴訟事件は前記契約による和解により破産者と大船ゴム株式会社、大船ゴム株式会社の代表者橋本三次間訴訟事件一件のみが係属するだけとなり、而して右訴訟事件について破産者に於て不法占有者大船ゴム株式会社を相手方とするもので十分勝算のあること前叙の通りである。

五、而して、破産者より大船ゴムに対する本件建物の明渡請求事件が万一数年に及ぶに至るような事態が発生したるときは、破産者は本件大船工場の敷地内に存在する武井正男所有の空工場約二百坪を無償で借受け営業を再開する予定であり、武井正男の了承を得ている。(本理由書添付)

而して、営業を再開した場合の資金並に取引の計画、信用の供与については強制和議の条件に於て述べたとおりにして資金提供、製品買入、原料購入等の準備も証明書記載のとおりにしてこの点の不安は全然ない。

六、而るときは原審のなした決定理由中の本件強制和議の履行は不確実である云々は全然事実に反し、本件強制和議の条件は如何なる事態が発生しても確実に履行されることが保証されているのであり、破産債権者一般の利益に合致するものである。

抗告理由補充書

一、原審に於て、本件強制和議提供条件を履行不確実と判断したのは本件破産事件の実情を最も良く熟知していると一般に考えられる当時の破産管財人が本件強制和議の認可に反対したことにも相当大きな理由があると考えられる。

然れども、当時の管財人である谷田部、平井両弁護士は本件強制和議条件遂行上最も重要である鎌倉市岩瀬下耕地二七番地の四、および一五〇番の二所在仮家屋番号一三九亜鉛引鉄板葺鉄骨造平家建精練工場一棟、三六〇坪を不法占有している大船ゴム株式会社の代表取締役、橋本三次並に中条商店、軽工物産株式会社等と共謀し、破産管財人の地位を利用し右大船ゴム株式会社等特定の者に利益行動した為に外ならない。

二、即ち、強制和議が認可になれば前記不法占有の三六〇坪の工場は当然破産者より明渡を請求されることになり大船ゴム株式会社としては不法占拠ではあるが、甚だ困ることであつたので右明渡請求は和議不認可によつて防ぎ、且強制和議不認可のため営業再開の妨害として右工場内にある機械類の一部を監査委員の承諾も得ないで中条商店等に不当な価格で廉売したり又大船ゴム株式会社の操業を援けるため電線切断、窃盗行為を正当行為として黙認する暴挙をした。

三、そこで、全債権の三分の二以上の債権者より破産管財人に対し管財状況の報告並に破産管財人の解任の為の債権者集会招集の請求が横浜地方裁判所になされ昭和三十八年十月二十三日右債権者集会に於て前記破産管財人両名の不正が明白となり同年十一月二十七日前記管財人弁護士谷田部正、同平井光代は辞任した。

この間、神奈川県警察本部に於て大船ゴム株式会社代表取締役橋本三次の本件工場不法占拠(不動産侵奪)並に私文書偽造同行使、詐欺横領窃盗、有価証券偽造同行使事件が内偵され、同年十月二十二日右罪名により右橋本三次は横浜地方裁判所に起訴され現在保釈中なるも公判進行中である。

したがつて、本件強制和議は債権者集会開催当時より和議条件の履行可能であつたのであるが一部不正分子の画策により不正な決定を得たものである。

四、而して、昭和三十八年十二月二十日、申請外武井正男(本件和議条件の債務弁済の実質上の保証人)に於て破産者会社所有の鎌倉市岩瀬下耕地一一八、一一九の一、一三〇の一、一五〇の二番地所在、家屋番号十番の三、鉄骨造亜鉛葺平家建プレス工場建坪九〇〇坪一棟を三千百五十万二千円で競落し強制和議提供条件第二項の営業再開による債務弁済を確実なものとした。

五、更に、破産者と大船ゴム株式会社外の一切の係属事件は新管財人舟倉清一弁護士が就任後の昭和三十九年二月十日和解が成立した。

而して、現在破産者にとつて係争事件は前記三六〇坪の工場を占拠する大船ゴム株式会社との訴訟事件のみであるが、大船ゴム株式会社の代表取締役橋本三次は刑事被告人として公判中であり、現在同社の従業員は四散し工場は休業状態にして民事、刑事両手続により追及されている。

したがつて、同社の本件三六〇坪の建物の占拠も今後一ケ年を経過せずして明渡を受けうることは前述の理由により明白である。

六、而るときは、原審のなした決定理由中の本件強制和議の履行不確実である云々は全然事実に反し、本件強制和議の条件は如何なる場合にも確実に履行可能なものであり、本件強制和議が認可されることは破産債権者一般の利益に最も合致するものである。

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